祖母が亡くなった。91歳の大往生。20日にお通夜で今日が告別式だった。
小さい頃は随分お世話になったが、いかんせん祖母の家に住む人々との
関係が少しギクシャクしたものだったので、ここ10年ばかりは1年に1回
ほどしか祖母の家を訪れることがなく、その分亡くなったという知らせを
聞いても、実感がいまいちわかなかった。

実際に祖母に対面し、体を洗ってもらっているのをみたときからようやく
現実感がわいてきて、感傷にひたって気のおもむくままに涙することが
できた。

いままで親戚の葬式にでたときは、どうしても遺体に触れる勇気が出せ
なかったが、今回はお世話になったお礼に自然に手がのびた。
予想ではロウのように硬いのかなと思っていたが、やわらかく、でも
氷のように冷たくて、ああ完全に器だけになっているなと実感した。

激動の時代を生き抜いて、こうやって家族一同に見送られて灰になるのは
ある意味ものすごく幸せだなと、拾骨の時に思った。そして、今自分が置かれている
立場を考えた時、うーんこのままじゃ私が順当に人生を終わらせたところ
でだれも看取ってくれる人がいないぞ、という事実に少し薄ら寒さを感じて
しまった。



親戚の5歳になる女の子と仲良くなり、一緒に塗り絵をしたり、
コーヒーを入れたり、保育園の話を聞いたりしていたのだが、
子供は本当に唐突に面白いことを言い出す。
コーヒーを作っている時に、「シュガーこんだけでいい?ミルクは
こんだけ??」なんて聞いてきたあとに、突然「ねえねえ、どうやって
地球はできたの??」
科学的根拠に基づいたことを言えばいいのか、それとも神様が創った
んだよなんて宗教チックなことを言えばいいのか、それとも怪物
ガオーがえいやってつくったんだよなんてでたらめを言えばいいのか
一瞬頭によぎり、でも結局答えに窮して、「うーんそうだねえ、どうやって
できたんだと思う?」なんて逆に聞き返したら「わかんなーい」。
そうだよね、わかんないから聞いてるんだもんね、と反省したら
地球の話なんて忘れて、またコーヒーの話題に戻ってしまった。
うーん子供ができたら私の無知を思いっきり実感させられてしまうんだろうな・・・。